投稿者: ジョシュア・コールマン
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人生とはわからないものだ。
15歳で魔術師ギルドに入り、18歳で導師号を取得して結婚し、4人の子供に恵まれて、以降は特に大きな成果を上げることもなければ失敗をすることもなく真面目に働き続けて50年。
常に他者との衝突を避けて無難に平穏に生きて来た。
そんな私が、これまでの生き方の対極に位置するような『冒険者』などになるなどと、誰が予想できただろうか?
65歳にして冒険者になろうとした私を、息子や孫、同僚や生徒達、皆が心配した。
長年連れ添った愛する妻を亡くしたことで、気が触れたか、ボケたか、自暴自棄になったかと思われたのだ。
そう思うのも無理は無い。
私自身も、自分の選択に驚いているのだから。
3年前の自分に「君は冒険者になりますよ」と教えてあげたとして、間違いなく信じはしなかっただろう。
ならばなぜ冒険者になどなったのか?
それほど深い理由があったわけではない。
ただ、息子たちが自立して出て行き、妻もいなくなって、すっかり広くなってしまった屋敷に自分一人だけになったことで「何か新しいことを初めてみようか…」とふと思いついただけなのだ。
そして、今となっては遠い昔、まだ結婚する前の頃に、友人から一緒に冒険者にならないかと誘われたことを思い出した。
その時は、妻に求婚することだけを考えて努力を続けていた身だ。断ってしまった。
しかし今ならできるのではないか?
私が死んでも困る人は…まあ、今でも立場上それなりにはいるだろうが、そこは私の代わりの誰かでどうにでもなるだろう。
亡き妻も、自分が死んだことで私が悲嘆に暮れているよりは、前向きに生きることを望んでいるはずだ。
彼女はそう言う人だ。だから好きになったのだ。
そうして私は冒険者ギルドの扉をくぐった。
そこは予想通り、いや、予想以上の危険な世界だった。
凶暴な蛮族、幻獣、魔神にアンデッド。
あらゆる『敵』が明確な殺意を持って私に襲い掛かり、それに私も持てる全力を振り絞って対抗する。
そして敵を倒し、勝利することで生き延びる。
得られるのは、金銭と名誉と、そして得も言われぬ達成感。
なぜ命を危険に晒してまで冒険者などするのか、とても理解などできなかったのだが今ならわかる。
冒険者になって2年が経過したが、意外にも私はまだ生きている。
そしてまだ辞める気にはなっていない。
たった2年と言うべきか、もう2年と言うべきか、これまでの人生の中で、最も濃密な2年だったのは間違いない。
その2年で、今までの自分がどれほど狭い世界で生きて来たのかを思い知らされた。
魔術師ギルドの図書館に篭り、あらゆる書物を読み耽ってきたが、そこで得られた知識などこの世界のほんの一部に過ぎなかったのだ。
知っているつもりで知らなかったこともある。
生まれた時から裕福な家庭で育ち、同僚や生徒にも貧しい者などまずいない魔術師ギルドで働いていると、この世界には、いや、同じこの街にだって今日の糧にも困るほど飢える人がいることなど知識として知ってはいても実感はしていなかった。
>それにしても、本当にお腹がペコペコです。あっ、あそこに生えてる草、食べられるんじゃないでしょうか・・・?
そう、今まさに冒険者ギルドの近くの道端に生えている草をジッと見ている少女のような…
これまでの自分ならそんな少女に気を取られることもなく歩き過ぎていたことだろう。
おそらくこの街の住民ではないだろう。
かなり苦労して長旅をしてきたのだろうと思わせるその姿は、見ていて痛々しい。
旅をするのに最低限の装備は、経験によって無駄を省いたというより生き延びるためにギリギリまで追い詰められて削ぎ落された結果だろう。
顔色も悪く、栄養状態が足りていそうにない。
こういった観察眼も、冒険者になってから磨かれたものだ。
私の予想が外れていなければ、今あの少女はかなり飢えていて、道端の草を食べかねない。
もちろんそれ自体は悪い事ではない。
食べられる野草はたくさんあるし、私だって食べたことはある。
まあ、お坊ちゃん育ちの私は、店で売っている物しか食べていないが…
問題なのは、今少女が見ている草が毒草だということだ。
だが、こういう時にいきなり「その草は食べられませんよ」などとストレートに指摘してはいけない。
私の予想が外れて、食べるつもりなど無くただ花を見ているだけだったとしたらとても失礼になる。
他者とぶつからず、人間関係ではなるべく摩擦を起こさないように生きて来たが、それは冒険者になってもなるべく続けるようにしているのだ。
むしろ命がかかっている冒険者だからこそ、そういうことが余計に大事になっているような気がする。
さり気なく少女の横に並ぶ。
「おや、こんなところにムラサキケマンが咲いていましたか。綺麗ですね」
少々わざとらしい独り言を言ってから、少女の横顔を見る。
遠目には人間かと思ったが、髪飾りなどではない頭の白い花がその少女がメリアであることを教えてくれた。
この花はコデマリ…いや、纏まって垂れ下がって咲く形は同じシモツケ属のユキヤナギかな?
…いかんいかん。そんなことに気を取られている場合じゃない。
「おっと失礼。あなたの頭の花も綺麗だったものでつい見惚れてしまいまして。気を悪くしたなら申しわけありません」
帽子を脱いで頭を下げる。
『やたらと若者と話したがる年寄り』のフリをして…いや、フリではなく実際その通りか。
大人しい魔術師ギルドの生徒達よりもエネルギッシュな冒険者の若者たちと話していると、自分も若返ったような気分になってくる。
若者との何気ない会話も楽しいものだ。
「ひょっとしてお嬢さんも冒険者ですかな?」
あるいは冒険者志望か。
もしそうなら、先輩冒険者として、今度は自分が案内するべきだろう。
もっとも、たった2年の先輩だが…
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PL
65歳になって魔術師ギルドの先生&司書から思い切った人生転換をしたお爺ちゃん冒険者です。
ようこそ冒険者の世界へ!