投稿者: ペシェ
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寒い冬、皆さまいかがお過ごしでしょうか。MAGIです。
ご存じでない方のために説明いたしますと、ルーンフォークのペシェが所有するマギスフィアにインストールされている、サポートAIです。
本日、ハーヴェスにて事件がありましたのでご報告申し上げます。
いえ、事件がありましたというのは不適切かもしれません。それを起こしたのは、他ならぬ私の主なのですから。
夕方。私はいつもどおり、小物入れの上でくつろいでいました。帰宅すると外した私を床からおよそ1mほどのその場所に置くのがmasterのルーチンです。
masterは着替えの用意をし、鼻歌混じりに浴室に消えていきました。あの人はあれでもルキスラから派遣されてきた公務員として、それなりに良い生活をしているので、家にいるときは毎日入浴します。
しかし、その直後に聞こえてきたのは悲鳴。そしてバタバタと騒がしい音がしたかと思うと、ややあって、濡れた髪にタオルを乗せたmasterがガタガタ震えながら出てきたのです。
「MAGI、お風呂直せますか?」
無理。直せる場合もあるけど、どちらにしろあなたでは権限が足りません。
そうして私たちはハーヴェスの下町にある、温泉施設へと出向いたのです。
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「男性1人です」
数枚の銀貨を置き、masterは脱衣所に入っていきます。
「はいはい」と軽く流していた受付が、一瞬遅れて驚いた顔をするのが見えました。私の視界は広いのです。
脱衣所の入り口にかけられたカーテンをくぐると、室内が一瞬ざわつきました。そりゃそうだろうな。
親切な青年が「お嬢ちゃん、ここは男湯だよ」と声をかけてくれますが、masterは「男性ですからご心配なく」などと涼しい顔で答えます。またざわつきます。
ここではコインロッカーという、銀貨を1枚入れると鍵をかけることができる箱に、手荷物や脱いだ衣服を預け入れておくそうです。
ちなみに、入れた銀貨は帰りに返却されるそうですのでご安心を。今の文明もなかなか面白いものを作りますね。
手近なロッカーの前に立ち、まず私をその中に置くと、masterは服のボタンに手をかけます。ざわつきから一転、緊張感のある静寂が場を満たしていますが、そんなことは意に介さず留め具を外していき、スルッとワンピースが床に落ちて、最高潮に高まった緊張は、ワンピースの下に肌着を着ていることがわかると、落胆とも安堵ともつかず少しだけ弛緩しました。
次に肌着の裾に手をかけると、緊張感は再び高まっていきます。ここまで張り詰めた空気は冒険中でもあまり触れることはありません。
ここから先は、申し訳ありませんが記録に残すことはできません。私の上に脱いだ衣服が被せられたので、この先は観測できなかった。ということにしておいてください。
少なくとも、騎士団が出張って来るような大事件は起きませんでしたので、その点はご安心ください。
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「温泉上がりはこの冷たいカフェオレを飲むものだそうですよ」
ほかほかのmasterが番台に銀貨を支払います。
容器に入った自称カフェオレは、なんだか安すぎてちょっと不安になりますが、masterは意にも介さず蓋を開け、ぐびぐびと飲み干していきます。
片手でビンを持ち、空いた手を腰に当てるポーズは、この浴場の作法なのだとか。
一息にビンを空にすると、masterは「ぷはーっ」とわざとらしく息を吐きます。これも作法なのだそう。
帰り道。湯冷めしないようにと選んだ厚めのコートは、上気した体には少し暑くて、顔に当たる寒風が心地良いなどと、masterは饒舌に語ります。
『よほど楽しかったのですね?』
皮肉交じりに私が尋ねると、masterは少し考えて。
「そうですね。少し遠いのが難点ですが、機会があればまた来ましょう」
機会が訪れないことを願います。